かつて、絵巻は記録であり、物語でした。
そして今、現代の学生たちの手で、その伝統が新たに描き出されたのです。
2023年10月、鎌倉市の円覚寺と藤沢市の江島神社が合同で開催した「洪鐘祭(おおがねさい)」は、国宝・洪鐘の鋳造成功を祝う祭礼で、60年に一度という稀少な行事です。
この壮麗な祭りの様子が、全長20メートルを超える絵巻として記録されました。
制作を担ったのは、多摩美術大学 日本画研究室に所属する22人の学生たち。
このプロジェクトは、明治期に描かれた洪鐘祭の絵巻に着想を得て、「令和の記憶も絵巻で残そう」という願いのもと始動しました。
学生たちは、まず祭礼当日の記録映像や写真、関係者への取材を通じて、構図のイメージを練り上げていったといいます。
描く対象は、祭りの行列や神輿、幟旗、装束だけではありません。
現代の要素──スニーカー、カメラを構える観客、街中を走る軽トラック──そうした細部にも目を配り、絵巻に現代の空気を封じ込めていったのです。
伝統的な日本画の技法と絵具を用いながら、22場面におよぶ構成を、1年以上かけて分担し、チームで描き上げました。
それぞれの場面を担当した学生たちは、筆のタッチや色合いが違いすぎないよう、互いに作品を見比べながら調整を重ねたそうです。
単なる“共同作業”ではなく、「ひとつの世界」を共有するための対話と工夫がそこにはありました。
完成した絵巻には、色鮮やかで繊細な筆致が光ります。
祭りの躍動感、華やかさだけでなく、描き手たちのまなざしの温かさがにじみ出ています。
一見、教科書に載っているような“古い表現”に見えるかもしれません。
けれどこの絵巻はまさに、「今」を生きる若者たちが、未来に残した“記憶のかたち”なのです。
この作品は2025年5月、江の島サムエル・コッキング苑のギャラリーで一般公開され、多くの来場者の目を楽しませました。
60年に一度の出来事。
それを絵で残すという挑戦。
美術が、時代を超えて人の心をつなげる──そんな瞬間を、私は確かに目の当たりにした気がします。